ーーー以下、2011年02月07日付のアエラより引用ーーー
幻冬舎に秘かに警告文が送られ、極秘情報をもたらす人物も現れた。
謎のファンドは依然として正体を見せない。注目の株主総会の帰趨は、意外な株主が握った。
(編集部 大鹿靖明)
幻冬舎に「極秘扱い」の一通の書面が届いたのは、昨年12月上旬のことである。
アエラは2010年12月27号で、辣腕編集者の見城徹社長率いる幻冬舎が、謎の投資ファンドに株を買い占められたことを報じた。ジャスダックに株式を公開している幻冬舎を非公開化しようと、見城氏が自身の会社TKホールディングスを通じて幻冬舎の株式の公開買い付け(TOB)を実施中、イザベル・リミテッドというケイマン籍のファンドが12月7日、突如として大株主に登場したのである。
書面が届いたのは、その直後だった。
重い口を開いた関係者たちの話を総合すると、書面の送り主はイザベルの事務連絡先となっている東京桜橋法律事務所の豊田賢治弁護士である。書面は、このとき1株22万円で行われていたTOBをやり直し、1株あたり純資産額(昨年3月末時点で35万円余)に近い水準で株を買い取るよう求めていた。イザベルの出現を受けて幻冬舎は、公開買い付け価格を24万8300円に引き上げたが、イザベルはそれよりもはるかに上値を狙っていた。
この書面の存在がずっと極秘扱いになっているのは、そこに重大な「警告」が記されていたからだった。警告は、イザベルがインサイダー取引に手を染める危険を回避しようと、幻冬舎に対しては、未公表の重要事項をイザベルに知らせないよう求めていた。万が一、そんな重要事項を伝えた場合には、幻冬舎は速やかにその内容を世間に公開するよう要求してもいる。
●ホテルの極秘会談
つづく強烈な一文が、関係者の口を重く閉じさせてきた。
もし、幻冬舎側が重要事項を漏らしたせいで、イザベルがインサイダー取引に抵触する懸念が発生し、株の売買ができなくなったら、本来得べかりし利益を賠償してもらう--そんな恫喝めいた文言である。
インサイダー取引で検挙されないよう予防線を張るとともに、賠償という脅し文句で釘をさす。かつての村上ファンドがとった手法である。村上ファンドは法律顧問の弁護士が文案を練った警告を、株を買い占めた相手に示してきた。
それと似た文面の警告が、イザベル側が幻冬舎に送った書面にあった。村上ファンドの法律顧問の弁護士はそれを見て「私が書いた文章とそっくりだ」と絶句したという。幻冬舎株を買い占めたイザベルの手口は、村上ファンドのやり口と酷似するが、また一つ、その好サンプルが加わった。
村上ファンドを彷彿とさせる幻冬舎株簒奪を知って、見城社長のもとに赴いたのが、M&A仲介会社GCAサヴィアングループの佐山展生取締役だった。ダンディーで、やわらかな関西なまりが人なつこさを感じさせる。「報道ステーション」などテレビのコメンテーターとしてもおなじみだ。
なによりも阪急電鉄を傘下に持つ阪急ホールディングスのファイナンシャルアドバイザーとして、村上ファンドに株を買い占められていた阪神電鉄を救済し、阪急と阪神の統合に道を開いた立役者として知られる。第一製薬と三共の経営統合でも、統合に反対する村上ファンドに対し、GCAは三共側のアドバイザーとして企業防衛に一役買った。佐山氏は「村上退治」の第一人者と見られてきた。
佐山氏はイザベルが登場した12月7日以降、盛んに見城氏にアプローチし、同19日には都内の外資系高級ホテルの一室で極秘会談がとりもたれている。このとき佐山氏は出張先の米国から帰国すると、その足で会談場所のホテルに直行している。マホガニー調の扉の奥の洗練された個室が会談場所だった。
●嫌疑かけられた村上氏
関係者が記録した備忘録には、佐山氏は、イザベルは村上ファンド主宰者だった村上世彰氏である、と切り出した、とある。佐山氏が、シンガポールに滞在している村上氏に電話し、「あなたですか」と尋ねると、村上氏は「うん」と肯定した、と極秘情報をもたらしている。
備忘録には12月8日午後8時に佐山氏が村上氏にかけた電話の内容が詳細に記されている。
村上氏 佐山さんの立場は何ですか?
佐山氏 ファイナンシャルアドバイザーではありません。たまたま(見城さんと)ゴルフを一緒にやって。
村上氏 幻冬舎の件は僕はやっているから話せないですね。
佐山氏 やっているんですか。
村上氏 うん。
佐山氏 じゃあ話せませんね。ありがとうございました。
この会話が佐山氏の「村上説」の根拠になっている。
さらに買い占めの正体を「村上ではなかった」と報じたアエラの記事について、佐山氏は、「村上氏はアエラにはノーと言っても自分にはイエスと言った」と記事を否定した。備忘録には、そんなやりとりも記されている。
佐山、見城両氏の会談は今年に入っても頻繁に続けられてきたが、備忘録と複数の関係者から得た情報を佐山氏にぶつけると、「クライアントの許可がない限り案件にかかわることは一切お答えできません」とし、村上氏とのやりとりも「外部とのコンタクト内容については、一切お答えできません」と回答した。
見城氏も、少なくとも12月15日ごろまでは村上氏や村上ファンドのOBの関与を疑っていた。その手口が、あまりにもそっくりだったからである。
見城氏と村上氏は意外にも親密な間柄で、見城氏は株式投資に詳しい村上氏に頻繁に助言を仰いできたとされる。もし、それを奇貨とした村上氏の罠にかかり、株を買い占められたとしたら、「以て瞑すべしだな」、見城氏はそう周囲に苦笑している。
嫌疑をかけられた村上氏は怒り心頭だったらしい。佐山氏からの電話は確かにあったが、「僕は見城さんの友達だから言えない」と答えたのに、それをゆがめて伝えられた、というのである。そもそも06年時点で200億円超の個人資産を有していた村上氏にとって、幻冬舎株の買い占めでもたらされる利益は小さい。得られる推定収益は、変更後TOB価格24万8300円で試算して、せいぜい約1億7千万円である。現在刑事被告人の彼が、最高裁の最終判断が下される前に挑むには、あまりにもリスクが高い。
●大株主は依然正体不明
関係者によると、村上氏は見城氏に詳細を説明し、降りかかった疑いを払拭したという。村上氏からの企業防衛を演出して自身を売り込みたい佐山氏が、意識的に村上説を強調したのではないかというのが、関係者たちに広まる見方である。幻冬舎側はGCAに次第に疑念を募らせ、GCAとの話し合いはついに1月18日、決裂した。GCAの渡辺章博CEOは見城氏に謝罪に行く予定だ。
村上説が弱まると、佐山氏の出番もなくなる。そして事態は、依然としてイザベルの正体はわからないという振り出しに戻った。不気味なのは、その正体が不明なだけでなく、何を意図しているのか、その戦略が皆目見当がつかない点である。
幻冬舎は2月15日に臨時株主総会を開催し、TOBに応じなかった株主からも1株24万8300円で買い取れるようにできる定款変更を提案する。見城氏(TKホールディングス)はTOBによって議決権ベースで58・1%の株式の取得に成功したので、残余の部分をこの定款変更によって買い取るつもりでいる。障害は、1月20日までに37・4%をもったイザベルである。定款変更は、株主総会に出席した株主の3分の2以上が賛成する特別決議が必要なため、3分の1超の反対があるとできなくなる。イザベルにはすでに、特別決議を阻止する力がある、と観測されてきた。
幻冬舎は、1月7日時点の株主を臨時株主総会に出席できることにした。株主の名簿を締め切ってみると、イザベルの持ち分はたったの300株にすぎなかった。58・1%を持つ見城氏に次ぐ大株主は、なんと中堅証券会社、立花証券の約9780株だったのである。
●依然不明な真意
イザベルは、株式投資のプロが好む立花証券を使って、信用取引で幻冬舎株を買い占めてきた。立花から年利1・47%で推定16億円余の融資を受けて買い進んだとみられるので、イザベルの幻冬舎株は立花の担保に入っている。信用取引で買ったものを決済して買い取る「現引き」をすれば、議決権の名義はイザベルに移るが、1月7日の総会出席株主名簿の締め切りまでにそうしなかったので、立花のままなのだ。株主総会をひっくり返せる力をイザベルではなく、イザベルが使った立花証券が握るという奇妙な事態なのである。
立花証券が株主総会で反対票を投じると、見城氏のめざした非公開化はできなくなり、不気味な大株主が存在したままの状態が続くことになる。だが、立花証券の平野憲一執行役員は、過去の一般的な事例と前置きした上で、こう語った。
「通常、当社は株主総会では一切意思のある行動はとりません。総会では賛成も反対もしません」
立花が総会に出席しないと、当然幻冬舎の定款変更は成立する。そうなれば、イザベルの買い進んだ株は、変更後のTOB価格の24万8300円で買い取られることになる。ならば、経済的なメリットは、TOBに応じるのと同じのはずだ。
理解に苦しむのは、株価が30万円を突破した後も、イザベルが幻冬舎株を買い進んでいることである。30万円余で買った株を24万8300円で売れば、当然、損をする。イザベルは損失がふくらみかねない取引を続けているのだ。幻冬舎は企業法務に精通する西村あさひ法律事務所の腕利き弁護士を起用しているが、彼らも、イザベルの真意をつかめない。
「こんなミステリー、今まで読んだことないよ」
数々の流行作家を育て上げ、文芸編集者として名を馳せた見城氏さえ、驚愕する展開である。
【写真説明】
村上世彰
佐山展生
見城徹
話題の市橋達也被告の手記の版元も幻冬舎。ベストセラーを連発する当事者が「主人公」になった。結末は迷宮入りかハッピーエンドか
昨年11月12日に設立されたばかりのイザベル・リミテッドが推定16億円の融資を立花証券から受けたことを考えると、イザベルは立花から信用される上得意の顧客なのだろう
<photo 今村拓馬(上)、久保木園子(下)>
【図】
幻冬舎株をめぐる3人の男